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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1992号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。控訴人と被控訴人との間の昭和五七年一二月八日付覚書に基づき、控訴人が被控訴人に対して負担する協力金支払債務のうち控訴人の開発に係る工事について都市計画法第三七条申請時を履行期とする金九四二万五六三〇円の債務が存在しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加・訂正する外は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決三枚目裏五行目の「宅地」を「山林」と改め、同四枚目裏末行から同五枚目表七行目までを削除し、同八行目の「(五)」を「(四)」と改め、同九行目から同一一行目までを「本件約定は、以下のとおり憲法及び法令に違反するものであり、民法九〇条、地方自治法二条一六項、一五項により無効である。」と改め、同裏七行目「条の三」の次に「、地方自治法二二八条」を、同一〇行目の「規定」の次に「及びこれに基づく本件約定」を、同一一行目の「もとづかない」の次に「で財産権を侵害する」を、それぞれ加え、同六枚目裏二行目の「脱法行為であり、」の次に「又、本件協力金を他の地方税として課したものとしても地方税法三条により条例によらなければならず、あるいは、税以外の分担金として課するものとしても、地方自治法二二八条によりやはり条例により定めなければならないのであって、いずれにしても、本件要綱の規定は脱法行為であって、」を加え、同行の「同法二条」を「地方税法二条」と改め、同一〇行目の「徴収」の次に「又はこれに相当」を、同七枚目表一行目末尾に続けて「許認可権を独占する被控訴人が、協力金を納付する約定をしなければ申請を認めないという扱いをすることは、申請者にすれば協力金納付の許諾を自由な意思で決定する余地はなく、そのようななかで協力金の納付を求めることが強制的徴収に相当する行為に該当することは疑いのないところである。」を、それぞれ加え、同八枚目表八行目の「(六)」を「(五)」と、同九行目の「主張し」から同一一行目末尾までを「主張する。」と、同一二行目の「(七)」を「(六)」と、それぞれ改め、同末行の「及び」から同裏三行目の「支払い」までを削除し、同五行目の「(ただし、」から同六行目の「山林である)」までと同一一行目から同九枚目表九行目までとを削除し、同一〇行目の「(3)」を「なお、」と改め、同一〇枚目表三行目から同末行までを削除し、同裏初行の二ツの「(五)」をいずれも「(四)」と、同一一枚目表末行の「前記(四)3」を「前記(三)」と、同一二枚目裏三行目の「五九年度」を「五一年度」と、同一四枚目表五行目の二ツの「(六)」をいずれも「(五)」と、同六行目の二ツの「(七)」をいずれも「(六)」と、それぞれ改める。

(二)  控訴人の原審主張の補充

1  本件約定は、何らの対価性や条件負担のない篤志家の寄付の如き単なる贈与契約ではなく、開発許可という行政行為を私人の経済的な反対給付にかからしめ又は金品の給付を許可申請の要件とし、開発申請をした控訴人に賦課する強制負担金の納付契約であるが、控訴人は本件約定を自由な意思により締結したものではなく、任意性はなかった。

本件指導要綱や同施行基準は協力金につき「提供すること」、「納付しなければならない。」と表現しており、算定方法も一律に定められ納付時期も限定していて、事業主が自由な任意の意思により寄付する趣旨の規定ではない。

その運用の実態においても、被控訴人自身本件訴訟で本件指導要綱を規範であると主張し、その担当者も右要綱には拘束力があり、協力金納付を拒絶する時は開発を許可しないか留保になると考えており、協力金納付の覚書に判を押さなくてよいという説明は一度もしたことがないと述べている。又、控訴人の開発申請行為を担当し、設計測量業界会長の職にある平野頼男も本件指導要綱を規範として考えていたものであり、更に被控訴人においては過去に協力金の拒否例も減額例も全く存在していない。

そのような中で、控訴人が本件約定を締結するに当り、本件協力金につき開発許可をもらうことと無関係で支払許諾の自由にできる寄付と考えることも、支払拒否の可否を問うことも、拒否を申し入れることも、期待する方が無理である。本件約定の締結自体には強要行為はなかったであろうが、強要の必要のないほど双方とも協力金の納付を申請の一要件をなす規範として捉えており、納付しないことが申請を諦めることや許可がとれないことに繋がる以上、控訴人が納付の拒否や異議の申出をしなかったとしてもそれは納付約定の強要と同じなのである。

2  本件の如き開発や建築の許認可手続に関し、右手続上の条件や期限を付して多額の金銭を一律に徴収する行政指導は、規制的行政指導であって、形式的には相手方の同意と協力のもとに行われる建前ではあっても、実質上は相手方の任意性を抑圧しこれに従わせようとするのが通例で、それは公権力の行使の脱法的手段として行われるものといえるから、法律(作用法規範として)の根拠又は授権に基づかなくては行い得ないと解すべきであって、作用法上の根拠のない行政指導により締結された契約は無効である。

仮に、右の如き作用法上の根拠のない行政指導により締結された契約でも、法治主義に抵触する特段の事情のない限り無効にならないとしても、本件約定の場合は次のとおり、行政指導の目的、必要性、相当性、相手方の負担の程度において特段の事情がある。

(1) 本件指導要綱ないし行政指導の目的は、開発許可等の許認可手続に附款をつけて、又、法の定める条例上の根拠もなしに手数料、負担を課し、国会で定める法律により既に厳格な規制のなされている宅地開発税と全く同一の目的の資金調達を合意の形式で潜脱しようとするものであり、真向より法治主義を侵すものである。

(2) 次に必要性については、本件行政指導の行われたのは昭和五七年一二月であるところ、被控訴人の人口の増加も学校の増設も起債の増加も昭和五一、二年頃までで、それ以降は漸減し、昭和五〇年頃までには国からの人口急増市町村に対する財政援助措置も整備され、学校施設整備関係だけでも公立小、中学校用地取得費補助、公立小、中学校校舎建設費負担率の特例、幼稚園園舎建築費負担率の特例、公私立高等学校新増設建物整備補助等が認められ、緊急的処置が必要であったとは認められない。昭和五七年の地方税収入は昭和四六年の約六倍になっており、地方債の額も昭和五二年から減少して昭和五七年度は約一億円と激減し、それまでの起債の元利金を支払ってなおかつ起債の必要もなくなり、欠損も僅かな額となっている。

更に、必要性の乏しくなった昭和五三年頃より開発協力金収入は急に増加しており、昭和五九年まででその総額が約一〇〇億円にも達しているが、常にかなりの額が基金の残高として積み立てられ、昭和五七年では基金残高は約五〇億円、昭和六〇年には約六〇億円にも達する資金が使われもせずに繰り越されており、到底財政破綻状態の資金運営のあり方とは考えられない。

(3) 方法の相当性については、本件指導要綱及び施行基準は一〇年以上経過しているのに条例化されず、任意の方法で議会で議論されてはいるものの、それには何の制度的保障もない。

運用面においても、担当職員は確信犯的に要綱の規範性を信じており、説明の必要すら感じていず、一方的に計算書と覚書を作成して署名押印を求める強圧的なものであって、本件まで一件の拒絶例もなく最初の本件ケースに対しては建築承認、建築確認の留保で対抗している現状である。

又、徴収した協力金については、昭和五三年使途の明確化を指摘されて公共施設整備基金に組入れはしたが、公共施設整備基金は徴収した資金を当該会計年度に使用せずにプールする働きしかなく、結局は公共施設整備基金に積み立てられた資金も一般会計に一般の収入金の一部として組み入れられているだけであり、市財政の一般支出の一部に充てられているのである。

(4) 負担の程度については、その額は総額一〇〇億円にも及ぶ巨額なもので、本件では一戸当たり約一一〇万円で、販売価格の約五パーセントに近い莫大な割合の負担であり、恣意的に徴収できるようなものとは考えられない。

以上いずれの点をとってみても、本件指導要綱に基づく行政指導は法治主義を潜脱し、法体系すら乱しかねないものであって、このような行政指導の結果作り出された本件約定が無効であることは明らかである。

(三)  右主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人は近畿各地の近郊都市においてマンションの建設業を営んで来たものであって、常に地方公共団体と事前協議を重ねて来た経験を有するものであり、当然、被控訴人が指導要綱をもち、本件開発許可の申請に当たり指導要綱に基づく協力金の贈与要請のあることは事前に熟知していたものである。従って、控訴人は協力金を被控訴人に贈与することを前提として、本件開発予定土地を取得し、これを開発し、その地上に建物を建築し、これを分譲する事業を目論み、その採算を計算のうえ本件開発申請を行ったのであり、同申請に当り予め被控訴人よりの指導要綱に基づく協力金の贈与要請を応諾する意思を有していたのである。それ故控訴人が本件覚書の調印に至る経過において協力金の支払に異議を唱えたり、又、その額の減額要請をした事実は一切ないのであり、従って、被控訴人が協力金の支払につき控訴人の自由意思を抑圧すべき行為をしたことも全くないのである。

2  被控訴人の人口の増加は昭和五三年度以降やや沈静化した状況をみせているが、それ以前に急増した市民の子女が成長するにつれ、被控訴人は、その後において逐次これを収容する学校施設をせざるを得ないことになり、更に、その建設費用の財源を高利の地方債の発行に頼らざるを得なかったところから、その利払い、償還のため今日に至るまで財政の硬直化を強いられているのであり、人口の急増の後遺症は現在に至っても治癒されていないのである。

3  控訴人は、これら公共公益施設建設整備に要する費用は宅地開発税や国の補助によって賄うべきであると主張するが、宅地開発税は、その使用が幅員一二メートル未満の道路、公共下水道以外の排水路、〇.五ヘクタール以下の公園、緑地、広場に限定されており、最も莫大な費用を要する義務教育施設の建設整備には用いることができない。国の補助は昭和四六年度以降義務教育施設の新設校舎用地についてのみ補助金が交付されることとなったが、実事業費のうち補助金額が占める割合は極めて低率であって、昭和四八年度においては実事業費約四七億円に対し補助金額は約五億円に止まる。又、協力金を原資とする公共施設整備基金積立金の年度末残高は昭和五七年度で約二七億円、昭和六〇年度で約三四億円であり、学校を一校新設するための用地取得、校舎建築に要する費用が優に五〇億円を上回る事業の規模からみて、右残高が過大であるということはできない。更に、被控訴人においては協力金は公共施設整備基金として一般会計とは峻別して処理されており、協力金が市庁舎の建築費や職員の給与に充てられることは起こりえない。

4  都市計画法第三二条、同施行令第二三条は、土地開発に伴う公共公益施設の新設、整備についてはこれが地域的特殊性に根ざすところが大であるため、画一的に定めることはできないものとし、これを事前協議に委ねているのであるから、右事前協議の過程において本件協力金を贈与する旨の契約を締結することは右規定の趣旨に則るものであって、適法かつ有効な契約であることは明らかである。

(四)  控訴人の当審で追加した主張

1  仮に、本件約定が任意に締結された贈与(寄付)契約だとしても、控訴人は、その契約時である昭和五七年一二月八日当時、本件開発申請のために法律上必要な強制的負担金であるとの認識のもとに契約したのであって、贈与ないし寄付の意思は全くなかった。

2  仮に、控訴人に贈与ないし寄付の意思があったとしても、控訴人は、開発協力金が規範に基づく強制的負担金であると誤信して契約したのであるから、法律行為の要素に錯誤があり、又、これが動機の錯誤であったとしても表示されていたものであるから、いずれにせよ本件約定は無効である。

本件指導要綱及びそれに基づく業者に対する開発協力金の徴収行為は一律に例外なく徴収されていたものであって、業者である控訴人はこのことを知っていたため、本件開発協力金の徴収が法規に基づく強制的徴収であり、これを免れることはできないものと信じていたのであり、又、本件指導要綱の法規範性及び開発協力金の賦課行為の公権力性は被控訴人側においてさえ当然の前提としていたのであるから、控訴人が開発協力金を法規に基づく強制的徴収であると信じたことについては過失はない。控訴人から申請行為の一部を委ねられたにすぎない平野頼彦が控訴人の代理人であるとしても同様である。

3  仮に、本件約定が無効でないとしても、宮本功ら被控訴人担当職員は、本件覚書による本件約定締結に当たり、本件要綱の内容を説明し、納期、金額ともに画一的に定まっており、納期の猶予も規定に反するからできない旨、又、本件覚書を作成して添付提出するのでなければ開発申請は受付けられない旨述べたため、開発申請を維持しつつ協力金の支払約定を拒否する自由がなく、経済的不利益を課せられることに畏怖した控訴人代表者は本件覚書による意思表示をしたのであって、これは民法第九六条所定の強迫による意思表示に当るから、控訴人は、昭和六二年一月二〇日の本件控訴審第一回口頭弁論期日に陳述した同日付準備書面によって右意思表示を取消した。

(五)  右主張に対する被控訴人の答弁及び反論

1  控訴人が当審で追加した主張1、2の事実は否認する。

控訴人もその代理人である平野頼彦も、本件協力金が強制的負担金としての性格をもつものではなく、被控訴人の人口急増に伴う財政的危機を救うための任意の拠出金であることは充分認識して本件約定を締結したのである。

仮に、控訴人が本件協力金が強制的負担金であると認識していたとしても、控訴人もその代理人である平野頼彦も、その職業及び経歴に鑑み、些少の注意を払えば本件協力金が強制的負担金としての性格をもつものではないことを知りえた筈であり、これを知らなかったことについて重大な過失がある。

2  同3の事実は否認する。

控訴人は本件開発予定地における開発建築分譲事業について、協力金の贈与を前提として事業の採算を検討したうえ本件開発許可申請をしているのであり、被控訴人の担当者も控訴人の自由意思を歪めるような言動は一切していないのであって、本件約定は控訴人の自由意思で締結されたものである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

当裁判所も、被控訴人の本案前の主張は理由がなく、控訴人の本件債務不存在確認請求は失当として棄却すべきものと考えるが、その理由は、次のとおり付加・訂正する外は、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一五枚目表四行目の「(ただし開発予定地の地目を除く)」を削除し、同六行目の「(六)」を「(五)」と、同七行目から八行目にかけての「弁論の全趣旨によると、開発予定地の地目は山林であり、又」を「成立に争いのない甲第九号証によると、」と、同九行目の「二日」を「五日」と、同末行の「、第二」を「ないし第三号証、」と同裏初行の「第五」を「第五号証」と、同一九枚目裏九行目の「指導要素」を「指導要綱」と、それぞれ改める。

二  同二一枚目裏八行目〔編集部注・本誌六三九号一八三頁三段目二二、二三行目〕の「考えると、」の次に「被控訴人においては、その市域内の昭和四〇年前後から宅地の乱開発とこれに伴う人口の急増により、義務教育施設等の公共施設の整備に要する費用が市財政を圧迫し、生活環境の悪化を招来したため、その財政負担の軽減を図ると共に開発業者の乱開発に対処する必要に迫られ、昭和四二年一一月開発業者による宅地等の開発が適切に行われるように行政指導を行うための基準として、開発区域の一部を公共用地として提供することを要請する条項を含む本件指導要綱を制定し、更に、これに基づく本件施行基準において、被控訴人が開発業者に右の如き社会背景に対する理解を求めた上で、その同意の下に、右公共用地の提供に代わる開発協力金の納付を要請することを定めたものであって、本件指導要綱及び本件施行基準(以下併せて「本件指導要綱」という)は何らかの法律に依拠するものではなく、開発協力金に限っていえば、本件指導要綱は被控訴人側の担当者がその納付を開発業者に要請するための基準を定めた行政指導の指針であり、また、これに基く開発協力金納付の合意は私法上の贈与契約であると認められる。そして、」を加え、同二二枚目表四行目〔前同・八三頁四段二行目〕の「認める」を「いう」と改める。

三  同二二枚目表五行目〔前同・一八三頁四段目の四行目〕の次に改行して次のとおり加える。「控訴人は、この点につき、本件指導要綱の開発協力金に関する規定(以下「開発協力金規定」という)は、開発協力金の納付を都市計画法上の開発許可や建築基準法上の建築確認等の要件とするものであり、右規定に基づく開発協力金納付に関する約定の締結及びその納付は、開発業者にこれを拒む自由はないから、開発業者の任意の意思に基づく寄付行為ではなく、その実質は強制負担金であると主張する。しかし、前認定のように、右約定は、本件指導要綱の制定に至った社会的背景について開発業者の理解を得、その任意の同意のもとに締結される建前であって、本件約定以前に納付された開発協力金は、それぞれ開発業者が右社会的背景を理解した結果納付されてきたものと観られるから、従来開発協力金の納付を拒否した例がないことからこれを強制負担金であると即断することはできない。原審証人谷知昭典の証言によると、被控訴人の担当者の一部には本件指導要綱が外部に対して拘束力を有するものと理解している者もあることが窺えるけれども、原審及び当審証人宮本功の証言によれば、右は開発協力金の納付を要請する場合の担当者の意気込みであるか、本件指導要綱制定以来開発協力金の納付を拒否された例が一件もなかったために生じた誤解であって、被控訴人において本件指導要綱は相手方の任意の同意に基づいて実施されるべきものと考えられていることが認められるのであり、また、〈証拠〉によると、控訴人は、設計事務所を経営する平野頼彦を代理人として本件開発許可申請手続を行ない、本件約定に至る被控訴人との事前協議も全て右平野を通じてしたのであるが、同人はそれ以前に数回に亘って被控訴人への開発許可申請手続をした経験があり、本件の場合も、被控訴人の作成した本件協力金の計算書と本件覚書の用紙を控訴人会社の事務所へ持参して控訴人代表者に本件覚書に署名押印させた上、これを被控訴人に提出し、昭和五七年一二月七日控訴人から被控訴人に対し本件協力金の半額である金九四二万五六三〇円が振り込まれ、その翌日本件約定が締結されたのであって、この間、控訴人代表者及び右平野から被控訴人に対して何らの疑義も提出されず、何らの異議も述べられなかったこと、その後、控訴人は被控訴人に対し、昭和五八年一一月一四日付誓約書で残りの半額を昭和五九年三月末までに納入すべきことを約束したものの、これを自己資金で賄うことができず、市中金融機関から融資を受けるには住宅金融公庫に建築確認書を提出してその事業承認を得なければならないため、被控訴人に対し本件協力金の残額を支払う前に建築確認書を交付するように求めたところ、被控訴人にこれを拒否されたことから本訴を提起するに至ったものであることが認められ(この認定を左右する証拠はない)、本件約定締結に至る経緯からすれば、内心の不満は兎も角として、控訴人は本件指導要綱の制定された社会的背景を理解した上で本件約定を締結したものと観る外はない。前認定のとおり、現在、控訴人が本件約定に基づく開発協力金の残額を支払わないため、被控訴人が都市計画法第三七条による建築承認と建築基準法による建築確認を留保した状態にはあるけれども、本件指導要綱には開発協力金の不納付に対する制裁的措置ないし不利益措置として右建築承認や建築確認の処分留保を予定した規定はなく、この状態を解消するには、本件約定の効力如何とは別個に手段を講ずれば足りるのであって、右処分留保がなされたからといって、それ以前に成立した本件約定が強制的に締結されたものであるとはいえない。

四  同二二枚目裏末行〔前同・一八三頁四段目三二行目〕の「解すべきであるところ、」を「解すべきである。」と改め、同二三枚目表初行と二行目〔前同・一八三頁四段目三二行目の「前記」から一八四頁一段目二行目末尾まで〕を次のとおり改める。

「そこで、本件においてこのような事情が存在するか否かを、控訴人の主張するところに従って検討する。

(イ)  まず、控訴人は、本件指導要綱の開発協力金規定は地方税法第七〇三条の三に規定する宅地開発税と全く同一の目的の資金調達を合意の形式で行ない、租税法律主義を潜脱しようとするものであると主張する。しかし、同法所定の宅地開発税は、宅地開発に伴い必要となる道路・水路その他の公共施設で政令に定めるものの整備に要する費用に充てるための目的税であり、同法施行令第五六条の八五によって、その目的物は幅員一二メートル未満の道路、公共下水道以外の排水路、敷地面積が〇.五ヘクタール未満の公園・緑地・広場等、小規模のものに限定されているのに対し、本件開発協力金は、このような制約に捉われず、これを教育施設等の大規模な公共施設の整備に要する費用にも充てようとするものであって、宅地開発税とはその目的を異にするものであるのみならず、本件指導要綱の趣旨は、宅地開発業者にその制定に至る社会的背景の理解を求めて、適正な宅地開発を進めようとすることにあり、その開発協力金規定も右の点を理解した開発業者に対し任意の寄付金として開発協力金の納付を要請するための、被控訴人側担当者に対する指針であるに過ぎず、これによって開発協力金の納付を強制することができる訳ではないから、本件開発協力金は、強制的に賦課・徴収される宅地開発税とはその性格を異にするものであって、右開発協力金規定租税法律主義の回避・潜脱を目的とするものとは認められない。

(ロ)  次に、控訴人は、本件約定の締結された昭和五七年当時には、本件指導要綱に基づく開発協力金の納付を要するような社会的背景は存在せずあるいは著しく緩和されていたから、本件指導要綱の開発協力金規定はその必要性がなかった旨主張する。しかし、当審証人高田達夫の証言及び弁論の全趣旨によると、被控訴人市においては、昭和五三年以降は人工増加率は一パーセントを切ってやや沈静化した状況を呈し、昭和五六年から昭和六〇年にかけては小学校の児童数は一.三パーセントないし五.九パーセントの割合で減少しているものの、中学校の生徒数は二.一ないし九.三パーセントの割合で依然として増加しており、昭和五五年には小学校が一校と中学校が二校、昭和五七年には中学校が一校、昭和五八年には小学校が一校、それぞれ建設されていること、義務教育施設整備事業に対する国の補助も、校園舎建設費については昭和四八年以降小・中学校関係で補助率三分の二、校舎用地取得費については昭和四六年以降の補助率は三分の一で、その四四パーセントを三年に分割して交付されることになっているが、実事業費の内補助金の占める割合は極めて低率であり、被控訴人の普通会計決算概要によると、昭和五一年度から昭和五八年度においては公債費比率の三年平均が二〇パーセントを超えて、翌年度から幼稚園、道路の建設のための地方債発行の許可がおりない状況にあること、被控訴人の発行する地方債のうち義務教育関係の占める割合は昭和四七年度から昭和五五年度にかけ平均五〇パーセントを超えていて、その元利償還金が多額に上っていること、公共施設整備基金における開発協力金関係の積立金残高は昭和五七年度で約二七億円、昭和六〇年度で約三四億円であるが、学校一校の建設に三〇ないし五〇億円程度の費用を要することを考えると右残高が過大であるとまではいえないことが認められ(この認定を左右するに足る証拠はない)、右事実に照らせば、本件指導要綱制定当時程の緊急性はないものの、被控訴人が開発業者に開発協力金の要請をすることが必要な社会的背景は、昭和五七年当時においてもなお存在したものというべきである。

(ハ)  また、控訴人は、本件指導要綱が制定後一〇年以上も経過しているのに条例化されず、依然としてその開発協力金規定に基づく行政指導によって開発協力金の納付を求めることは、方法において相当性を欠くと主張するけれども、本件指導要綱の存在が違法状態を継続することになるとでもいうのであれば兎も角、以上の説示及び後記の検討によっても、本件指導要綱ないしその開発協力金規定にはこれを違法とすべき事由が認められないのであるから、これが永年に亘って行政指導として実施されてきたとの理由で、これを条例化しなければならないものとはいえない。

(ニ)  更に、控訴人は、本件開発協力金の出捐による開発業者の負担は、行政指導による負担としては過大であると主張する。〈証拠〉によれば、本件開発計画は、控訴人が昭和五七年に七〇〇〇万円で購入した高槻市上土室二丁目一番六の土地一八六四.七八平方メートルを二五〇〇万円の費用で宅地に造成し、その地上に三億四〇〇〇万円の工費で一八戸の共同住宅を建築しようとするものであり、一戸当りの荒利は二五〇万円ないし三〇〇万円を見込んでいたことが認められる(この認定を左右する証拠はない)から、本件協力金の額は開発の総費用の約四パーセントであり、共同住宅の一戸当りにすると約一一〇万円の負担となること、前認定の経過からすると、控訴人は本件開発に当り、被控訴人から本件協力金の出捐を求められることを予測し、これを前提とした開発計画を立てていたものと推認されること、本件協力金は任意の寄附金であり、その負担は結局は住宅の購入者に転嫁されるものであること等を考えると、本件協力金の額は、低廉ではないにせよ、開発業者にとって必ずしも過大な負担となるものとはいえない。

従って、控訴人が本件指導要綱ないしその開発協力金規定及びこれに基づく本件約定を違法・無効ならしめる事由として主張するところは、いずれも肯認することができず、他にかかる事由を認めるべき資料もないから、控訴人の前記憲法第二九条違反の主張は採用することができない。」

五  同二三枚目裏初行から九行目〔前同・一八四頁一段目一七行目の「である」から一八四頁一段目二八行目末尾まで〕までを「であるとの主張の採用し得ないことは、先に説示したとおりである。」と改め、同二四枚目裏一〇行目〔前同・一八四頁二段目三二行目〕の「であり」から同一二行目〔前同・一八四頁二段目末行、三段目一行目〕の「しえないもの」までを削除する。

六  次いで、控訴人が当審で追加した主張について判断を加える。

(一)  控訴人は、仮に、本件約定が任意に締結された贈与(寄付)契約であるとしても、控訴人は、その契約時である昭和五七年一二月八日当時、本件協力金が本件開発申請のために法律上必要な強制的負担金であるとの認識のもとに契約したのであり、贈与ないし寄付の意思は全くなかったと主張し、その意味は明確ではないが、前掲甲第一号証によると、本件覚書の文言は「公益施設に係る協力金として総額金一八八五万一二六〇円を被控訴人に納付するものとする」となっており、本件覚書による本件約定を締結しないかぎり控訴人には本件協力金を納付する義務は生じないところ、控訴人は本件覚書において本件協力金を無償で被控訴人に与える旨の意思表示をしたのであって、これを強制負担金として支出したものとは認められない。

(二)  次に、控訴人は、本件協力金が規範に基づく強制的負担金であると誤信して契約したのであるから、本件約定には法律行為の要素に錯誤があり、又、これが動機の錯誤であったとしても表示されていたものであるから、いずれにせよ本件約定は無効である旨主張するが、被控訴人は、本件指導要綱制定後、その改定に際しては、前認定のように開発業者及び不動産業者等から意見聴取を行い、広報紙によりこれを一般に周知せしめる手続をとっており、控訴人の本件約定の締結に至る前認定の経過の中にも、宅地開発の専門業者である控訴人が本件協力金を強制負担金であると誤解するような状況は認められないことを考えると、控訴人は本件協力金が開発業者の任意の同意のもとにその出捐を要請されるものであることを当然知っていたものと認められ、本件約定締結当時、開発協力金が例外なく納付されていた実情にあったとしても、これにより控訴人が本件協力金を強制的負担金であると誤信していたとは認めがたい。

(三)  最後に、控訴人は、本件約定は被控訴人の強迫によって被控訴人が畏怖した結果締結されたものである旨主張するが、本件約定締結にいたる事情は前認定(引用にかかる原判決理由二2(八)及び前記三の説示のとおりであって、被控訴人の担当者が控訴人の代理人として本件約定の締結にあたった前記平野頼彦若しくは控訴人代表者を強迫した事実は認められず、又、本件全証拠によっても本件約定締結にあたり同人らが畏怖した事実も認めることはできない。

従って、控訴人が当審において追加した主張はいずれも採用することができない。

そうすると、控訴人の本件債務不存在確認の請求を理由がないものとして棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 杉山正士は転勤につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 中川臣朗)

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